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モチベーション(motivation)動機づけ:行動の手段において、不快を避け、快感を得ようとする状態・行為(参照:ウィキペディア) kkkです。 以前はプロスポーツ選手のインタヴューでよく「モチベーション」という言葉を耳にしましたが、ここ最近は通常の会話からもよく耳にするようになりました。 個人的にはその言葉は前者のような高い水準で戦っている人たちの感覚であるととらえ、自分がおかれている層ではおこがましく、使いづらい言葉でした。 ところが今は、会話を円滑に進める為には広く世間に浸透しているので後者のように自信も会話に取り入れる様にはなりました。 ですが最近、友人でプロボクサーをしている方と会話をしている時、一つ考えさせられる事がありました。 それは、冒頭にある「行動の状態・行為」という点に関してです。 昨今、TVのデジタル化、BS・CS、インターネット等の目間ぐるしい普及の中で私達はそれらを映像を簡単に入手し、鑑賞する事が可能になりました。 日々配信され、そして変化していく状況。膨大な更新、一つ一つの事象を深く噛み締める間もなく新たな情報が入り、捨てられていきます。 そんな溢んばかりの情報を前に、私はそれらを「軽んじて」見ている事に気が付きました。一つ一つの事象に対し、向かい合っているアスリートの「思い」を。 日々弛みない努力。一人のアスリートに注目して取材をし、ドラマを作り上げて報道する。それはドラマの過程を見れるという事は重要であり、同時に結果に対し重みを与えます。但し反面、対峙する敵も同様、血もにじむ努力をして試合に臨みます。 「これ以上のない努力」そして「これ以上のない状態」まで高めての対決。その状況下で優劣を競う訳ですが、そう言った事に念頭を置かず、軽視してしまいがちでした。 誰しもプロである以上、最高の状態を得る為に最大の努力を行います。当然、私の友人のボクシングに対する向き合い方、思考・努力・節制と、私の及ぶ範囲では当然ありません。 それらを続ける「動機」、それが「真のモチベーションなのではないか?」同時に自身「そこまで何かに対し、向き合っているか?努力しているか?手を抜いていないか?」と考えさせられました。 プロとアマ。それを大きく分けるのは「精神性」だと感じます。但し「ただ努力すればいい」という訳ではありません。必ず勝利者の裏には敗北者がいるのが現実です。残念な事に「無駄な努力」という事は存在します。 それでも尚、歩み続けなければ栄光はつかめません。ますます、その言葉を使うのがおこがましく感じました。
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